青空の下でコーヒーを

自分がわからなくなった自分ために、自分を表現するためのブログ

生きている意味とは 〜なぜ自分は生きているのだろう〜

どーも!青空コーヒーです!
 
今回のテーマは、
「生きている意味とは 〜なぜ自分は生きているのだろう〜」
です。
 
生きている意味がわからないのは、本当に落ちている時です。そんなこと、普段なら考えないで生きている人がほとんどです。
 
落ちている自分は自覚できていますか?
できていないのであれば、なぜいまこれを読んでいるのか、よく考えてみてください。
 
落ちているのを自覚している人は、きっと上がりたいと心のどこかで思っているはずです。
僕も自分地獄に落ちていろいろ調べました。でもそれは、このままではいけないと感じていたからです。
 
きっと読んでいる方は、同じように思っている方だと思います。僕も僕なりに自分を表現して、生きている意味を考えていきたいと思います。

 

 

目次

 

生きている意味がわからないって、どんな状態?

まず、生きている意味がわからないと思っているその状態。それを客観的に表現すると、どのような状態になるのでしょうか。
 
おおよそ、以下のような状態だと思います。
  • 単調で平凡な人生と思っている
  • 仕事で大きな失敗をした
  • 何がやりたいのかわからない
  • 人間関係で悩んでいる
僕の場合は、彼女との別れと研究で詰まったことです。そこから悩め悩んでいるうちに、生きている意味とかを考える状態に落ちてしまいました。
 
読んでいる方は、自分がどのような状態を生きている意味がわからない状態だと当てはめられるでしょうか。

 

 

生きている意味がわからなくなるわけ

続いて、生きている意味がわからなくなるその原因について考えてみましょう。
ここでは大きく2つに分けてみようと思います。
 
人生につまづいたから 
まずは、人生における大きな壁にぶち当たったとき、人は生きている意味がわからないと思ってしまいます
僕は2つ同時に大きな壁に当たってしまったので、それが大きな原因です。
 
恋したり、仕事がうまくいっているなど、とても幸せな状態にあったりする状態にいるとします。
そこから突然、恋人がいなくなったり、仕事で大きなミスをすると、人は深い挫折感を味わってしまうものです。平和な状態から地獄に落ちるので、それはそうですよね。
 
 
無意識の自分に沿ってないから
2つ目は、本当の自分とも言える無意識の自分に合ってない生き方をしているからです。
 
何のために生きているかわからないと感じてしまうとき、きっとそう感じてしまう方は、いまその生き方に満足していないと思います。
 
なぜその生き方に満足していないのでしょうか?
外的な要因もあるかと思います、もちろん自分に原因もあります。
2つをひっくるめて考えるのであれば、それは無意識の自分の声に気づけていない状態だと思います。
 
無意識の自分って、けっこういるの知ってますよね?氷河のモデルで表されることが多いので、知っている方は多いと思います。
その無意識の自分が本当に求めていることこそ、本当に自分のやりたいことが眠っていたりします。
 
もしそれに沿ってないのであれば、やはり満足には至りません。そして、表層の自分と無意識の自分でケンカを始めます。
 
表層の自分は、現状維持を好みます。
無意識の自分は、変化を求めます。
 
この葛藤のうちにさまざまなことを考えていると、生きている意味を考えてしまうのです。
 
 
理想に合った生き方をしていないから
本当に望んでいる生き方をしていなければ、望んでいる理想と現状とのギャップをどうしても感じてしまいますよね。
そのギャップが大きかったり、もしくは理想がわからないんだけれどもこのままではいけないと思ったり。
 
そのようなことを考えていると、今をどう変えなければいけないんだろう、と考え始めます。
 
今をどう変えるかという考えの道半ばにいる人は、理想と現状を結ぶきっかけを見つけたり、理想を変化させたり、はたまた新しい理想を見つけようとしています。
 
その段階で、たまたまネガティブモードで考えてしまうと、生きている意味がわからないという言葉に落ち着いてしまうのです。
 
 
 
 
上の3つをまとめてしまえば、現状の自分に満足していないから、ということになります。
落ちている自分を自覚していて、そして落ちている現状に満足していないのです。その満足していない状態のときにネガティブモードになっているのです。

 

 

生きている意味とは?

でも、たとえネガティブモードだとしても、生きている意味まで掘り下げているということは、もしかしたら二択を迫られているのかもしれません。
 
生きるか死ぬか。
 
デッド・オア・アライブとも言えます。どちらを選ぶかは、究極の選択肢ですよね。
あなたは、全てを放棄したいと本気で思っているのでしょうか?
 
 
死んで終わりではない
死ぬという選択肢を持っている方は、よく考えてみてください。
自分が死んで、すべてが終わるのでしょうか?周りにどのような影響を与えるのでしょうか?僕は死んだことがありませんので、僕には答えがわかりません。ここで止めておきます。
 
でも、これは言えます。
 
生きている限り、可能性というものがあります。人生の選択の可能性です。
 
人の生き方って、誰かによって決められるものなのでしょうか?考え方から所作まで、自分自身の全てを誰かに操作されることはありえません。それではロボットになってしまいますよね。
 
たとえ生きる世界が決まっている方だとしても、選択の可能性は無限大です。
 
 
生きる意味や目的は、幸福感を得ること
誰にでも当てはまる、生きる意味を定義するのであれば、幸せになりたいからではないでしょうか?
 
苦しい辛い、ずっとその状態を望むことはないと思います。誰しも幸せな状態を望んでいると思います。脳がそれを快楽として求める限り、人はその本能に従います。
 
特に、自分の存在価値があると判断できるときに、自分の生きる意味を見つけることができます。そしてそこには必ずといってもいいほど、幸せな状態があります。
 
想像してみてください。周りの人から「あなたがいないといけないんです」「あなたじゃないといけないんです」と言われる状態。そこに、あなたの居場所はありますよね?そこに幸せはあると信じられますよね?まだ生きる意味がわからないとか言えますか?

 

 

 

どうすれば生きる意味を見つけられる?

それでは、解決に向かいます。
どうすれば生きる意味を見つけられるのでしょうか?自分の存在価値を見つけられるのでしょうか?
 
 
なにも選ばずに、時間をとって悩む
僕は、選択には3つあると考えています。
選ぶ、選ばない、悩む、の3つです。
 
違いとして、選ぶ、選ばない、この2つには先があります。少なくとも現状からは変化が起こります。
ですが、悩むの状態では、現状に変化はありません。
 
そして、生きる意味を探す段階においては、この悩むという選択肢もありだと考えます。
 
 
生きる意味を探すのであれば、ここぞというくらい悩んでみてもいいと思います。実際、僕もそうしてますけど、なにも後悔してないです。
 
逆に考えてみてください。確固たる自分の生きる意味が見つかってない、そんな中途半端な状態で何かに挑戦してくじけたら、また生きる意味を無くしたときにきっと困りますよ。それならばいまこそ、もう絶対にブレないという自分を見つけてみませんか?
 
 
生きる意味を見つけるために、自分と向き合ってひたすら悩みましょう。その際は、現状に満足できていない弱い自分を受け入れることが非常に大切です。選択できていないという自覚を持って、そんな弱い自分を認めて悩みましよう。
 
その後に生きる選択をすれば大丈夫です。その生きる選択肢に、もう迷いは無くしましょう。
 
 
今を全力で生きる
そして、生きる選択肢を選んだら、行動あるのみです。
 
きっと生きる選択肢をできたのであれば、将来のことをものすごく考えたはずです。
でもその将来は、いますぐは訪れませんよね?
少しずつしか近づきません。何年、何十年もかかるはずです。
 
 
だから、その道半ばにある今この瞬間にしかできないこと、それを全力でやるしかありません。生きる意味を見つけられたのなら、きっと全力を注げるはずです。
 
自分の生きる意味を見つけたのに全力でやらないと、きっと後悔します。ですから、いまこの瞬間に全力を注ぐことだけに集中しましょう。
明日のことなんて考えない、行動するその瞬間は、そこでできる精一杯を尽くしましょう。
その積み重ねでしか、将来には近づかないはずです。
 
 
生きる意味よりも、どう生きたいか
生きる意味を見つけるために、最後の重要なことです。
きっといまこれを見ているということは、まだ自分では生きる意味を見つけられなくて、どうすればいいかわからないからとりあえず検索したという方だと思います。
僕もそうでした。
 
ただ、僕は検索していく中で気付きました。
 
「自分の生きる意味を、なぜネットで探しているんだろう?誰がそんな自分の生きる意味を教えてくれるんだろう?」
 
やはり、最後に信じるのは自分ですよね。
 
だからこそ、生きる意味をネットで探すのはやめにしましょう。もちろん、生きる意味を見つける方法を調べるのはかまいません。あとでまとめておいたので、参考にしてみてください。

  

 
生きる意味は探すものではなく、僕は気づくものと考えています。無意識の自分が抱えているだけなので、それにいかに気づくか、これが大切だと思います。
 
 
つまり、もうすでに自分の中に生きる意味の答えはあるはずなんです。だから探すとしても自分の中しかありませんし、探すよりも気づくだと思いますし、むしろ生きる意味を作るものではないでしょうか?
 
意味とか目標とかって、結局は自分で決めますよね?
自分がどうやって生きていくのか、どんな楽しい人生を過ごしていくのか、こうやって考えるべきです。
 
最初っから生きる意味を完璧に見つけられる人なんて、いても世界で数人ではないでしょうか?周りの人をみてください。生きる意味を探しながら、どうやって生きていくのかを考えながら生きている人ばかりですよ。
 
自分だけではないですよ、とは言いません。しかし、完璧な生きる意味は簡単には見つかりません。
 
 
なんとなくでもいいです、いまの自分が満足できるような生きる意味でいいです。そしたら行動するべきです。
その行動のなかで、きっと考えは変わるでしょう。目的も生きる意味も変わるかもしれません。それでいいじゃないですか。
 
生きる意味をずっと考えるよりも、どう生きたいのかを考えて、自分で答えを見つけながら生きていく方が、イキイキしていて、幸せにつながるのではないでしょうか。

 

 

 

まとめ

いかがでしたか?
言いたいことがたくさんでまとまりついていないですね(笑)
 
僕も本当に悩みました。就活解禁前の1ヶ月、ひたすら悩みました。弱い自分を見つめて受け入れ、そしてなんとなくの生きる意味を設定しました。
 
いまは、ひたすらその瞬間ごとを全力で後悔のないように生きるようにしています。たくさん失敗してもいい、その積み重ねで成功になれば、最後に幸せになればいいと思っています。
 
最後に、生きる意味を見つける方法、それをやりたくない原因などをまとめたので、ぜひ参考にしてみてください。
 
読んでくださった方が少しでも幸せな人生を送れますように!
 
それでは!